[PR]
雪
今日は久しぶりに、雪が降った。
昼間、雨だったのが、夜になって雪に変わった。
久しぶりの雪で、少しはしゃいだ気分だったのもつかの間、歩いてるうちに、あまりの寒さと歩きにくさに八甲田山の気分になってきた。
このくらいの雪で、これじゃあ、僕は雪国には住めないなと思った。
石川とか、岩手とか、行ってみたいんだけどな。
家について、風呂に入って、体が温まったら、
窓の外の雪に、またテンションがあがってきた。
カーテンを開け放って、ひらひらと舞い降りる雪を眺め続ける。
雪って、ほんとうに真っ白だ。
地面はもう真っ白に覆われている。
木々にも雪は積もり、いつもは寂しい枯れ木も、いっとき白い衣を着る。
昔から、雪月花は、美しい景色の代表で愛でられてきたけれど、今、僕もきっと昔の人と変わらない気持ちな気がする。
雪月花といえば、白居易の「寄殷協律」という詩からきているのだけれど、
なんだか、僕も白居易の気持ちだ。
いういう とも
五歳の優游 同に日を過ごし
いつてうせうさん ふうん
一朝消散して 浮雲に似たり
きんししゅ とも なげう
琴詩酒の伴 皆我を抛ち
せつげつくわ おも
雪月花の時 最も君を憶ふ
(5年の間、楽しく君と同じ時をすごしたけれど、ある朝、それは浮雲のようにきえてしまった。
いろいろと遊んだ友たちは、みな僕のもとを去ってしまったよ。雪や月や花の美しい時には特に、
君の事を憶い出してしまう。)
古風なメヌエット
どの和音の響きもどこか少し不安定で美しい。
たくさんの色が重なり合って、繊細で微妙な色彩をあらわすように、この曲は本当に美しい絵画のようだ。
僕は雨のふる寒々とした景色をながめつつ、この曲を聴いている。
僕のイメージでは、なぜか枯葉を踏みながら銀杏並木を歩いている感じだ。今、少し寒いからかもしれない。
枯葉の舞い散るのが美しく物悲しい。
この曲は、ラヴェルの20歳のときの作品らしい。
20歳の彼はなにを想ったんだろう。
冷たくくもった窓からの景色が、どこか遠く思えた。
亡き王女のためのパヴァーヌ
とても感傷的で、繊細で、優美なこの曲は、タイトルも美しい。
この曲をつくったラヴェルは、このタイトルを韻を踏む遊び(亡き王女は、フランス語でinfante défunte)からつくったらしいけれど、タイトルのもつ少し哀しげで感傷的な響きは、曲の旋律とともに心に響く。
今は亡き幼くて愛らしい王女が、城の庭で、鳥と遊んだり、水辺で澄んだ水を手にすくったりする様子を想像する。
ラヴェルの編曲したオーケストラヴァージョンもあってそちらも好きだけれど、僕はピアノヴァージョンのほうが、より透明感があって、より繊細に思えるので好きだ。
聴くのもすきだけれど、できたら弾きたいなぁとか思って、つい楽譜を買ってしまった。
譜面だけ見ると、弾けそうかなと思うのだけれど、中学でピアノをやめてしまった僕には、なかなかハードルが高い。
とりあえず、1ページ目だけ弾けた。(とはいっても、いちおう譜面に書いてあるようには弾けたっていうだけで、この曲のもつ繊細さや透明感からひどく遠いものだけれど・・・)
僕の手元にある楽譜は、全5ページなのだけれど、なんか後半弾ける気がしない・・・・。
最近思うのは、ちゃんと習っておけばよかったな、っていうこと。
バイオリンとピアノを習っていたのだけれど、子供のころは、ただめんどくさくって、練習もろくにしなかったし、ただ惰性でレッスンに行っていた。
そのうち、二つ楽器を続けるのは、忙しくなり始めた中学で困難になって(今から思えば、言い訳なだけだったけど)、ピアノをやめてしまった。
さらに、高校にはいってバイオリンもやめてしまい、残ったのは、何をやっても中途半端な自分だけだった。
今頃になって、ふと楽器が弾きたくなって、時々さわっている。
あのころより、さわってる気がする。
もっと、ちゃんと練習してきていれば、まじめにレッスンもうけていれば、もっと上手く弾けてたんだろうか。
人差し指で、鍵盤をひとつたたいてみる。
その音の響きは、美しく、昔感じることのできなかった愛しさを、今、感じている。
台風
昨日の台風は激しかった。
電車はとまっていて、いつ動くかもわからない電車を待ちながら、
「うわ、最悪。」
なんて、どんよりとした空を眺めていた。
ビュウビュウと吹き荒れる風の音を聞きながら、なんだか、
俺は、その状況を楽しんでいた気がする。
混みこみの人気テーマパーク並みに混雑した駅のなかで、
早く開放されたいはずなのに。
なんだか、ちょっぴり他人事だった。